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ここに初期の人類は、自然の富饒の間に暖かい空気の下に、動物のような生活を送りながらも、なお多少環境を変更し、または他の肉食獣を避けもしくは欺くに足る知識もあり、非常な速度で繁殖することができた。そして血族関係から生じた各集団の人口が多くなって、互いに接触し衝突するようになれば、その集団は思うままに四方八方に移住した。かくして長い間、原始人類の間に、安楽と平和とが続いた。この時代が、昔からよく言う、いわゆる黄金時代であったのである。

しかし、一般国民として、既に戦線にあるのもおなじだといふ心構へからすれば、日常生活、即ち、敵との戦ひを意味するのでありまして、敵はあらゆる手段を以て、直接間接にわれわれの日常生活を脅かさうとしていることに気づかなければなりません。

加来ああ、その方がいい。どうせ、秘密の話なんかないんだ。

それでは、四紋もネラ子も、お母さんを淋しがらせちやいけないよ。

と、うっかり(というより寧ろ本心から)そう答えてしまい、これでは手ぶらで帰るより仕方がなかった。

浮浪者の中から、声が来た。

と、呟いていたが、やがてそわそわと起ち上って、電話を掛けに行った。

**真理・真理性――学問性は之の獲得に外ならなかった――の相違を、学問分類の原理として明らかに掲げた場合は案外少ないように思われる。B.Labanca(―1875―)をその一例として探ることが出来る。

処が、方法(手続き)の綿密さの概念は、単に誘導性の綿密さばかりを云い表わすとは限らない、ということを注意しなければならない。その意味はこうである。学問の手続きが充分に綿密であるためには、その学問を理論する個人が単独に道づけた理論――それは無論事物それ自身に即した理論であるべきではあるが――だけでは、まだ往々にして不充分でありはしないかを人々は恐れるであろう。彼は何物かを見逃し又は気付かぬ誤りを犯しはせぬかを人々は疑うに違いない。茲に人々は文献を要求する。学問の手続きは文献の跋渉を怠ることを許さない。処で文献を無視することが異議と曖昧との可能性を暗示すると想像される限り、なる程文献の有る無しは誘導性の有無を決定すると考えられる、が併し文献のより本来の性質は、如何にして或る学問を伝承するかという伝承性の問題に係わっているのでなければならないであろう。そうすれば文献は、従って文献を計上して初めて許される綿密さは、もはや誘導性と本来の関係があるのではないということが判る。であるから方法(手続き)の綿密さは必ずしも誘導性のそれではない。――この綿密さは伝承性のそれでもなければならないのである。事実、学問の方法(手続き)は文献の跋渉にあると考えられ得るが、その文献はもはや学問の誘導性――それから吾々は手続き(方法)の概念を導いた――の保証を本来の性質とするのではない。そうではなくして正に学問の伝承性を保証することをその使命とするものである。文献は先駆者が残した成果を他にして何ものでもない。そして一旦この成果という概念に到着するならば、人々がやがて直ぐさま体系概念へ運ばれねばならないことは最も自然であった――前を見よ。吾々はであるから次のことを明らかにすることが出来た。始め体系(成果)と単に対立していた方法(手続き)の概念は、今や――文献概念が之を媒介することによって――この体系(成果)の概念との交通路を見出した、ということ。方法(手続き)はもはや理論の単なる誘導性のみを意味することは出来ない、それは之を離れて体系(成果)に向うvirtualvelocityを有つ処の何物かを意味しなければならないことが明らかとなった。そしてこのことは決して偶然ではなかったであろう、何となれば元来方法概念も体系概念も、同じ教導性概念の二つの規定――誘導性と伝承性と――から導かれたのであったから。

生産力拡充のために、

女――まだなんでしょう。

(おい、けしからんことをいふなよ、)

赤井とミネ子が四階の演芸部の部屋へ上って行くのと同時に、杉山節子が第一スタジオから出て来た。

劇場経営は、もともと企業として、若干の危険率を含むものであるから、たとへ純営利的な立場から考へても、多少の道楽気を必要とするらしい。従つて、その危険率を最も少くするためには、なんとしても、一般大衆の趣味に迎合しないわけに行かず、一般大衆の趣味に最も近い趣味の所有者が興行者として、先づ先づ成功するといふ理窟なのである。
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